すべての道はダンスに通ず。〜私のアンテナ・ご近所の縁?〜

信じられないことに2日連続の夜更かしに突入していて、絶対に大丈夫じゃないけど、
 書かずにはいられない、もやもや感を抱えており、
 もうひとまとまりするまでGOサイン出てない気もするけれど、、
 ばらばらと書き始めてみます。



サイレンスダンスのタナカアリフミさんの「気になる」建築や美術や映画や音楽など
 あらゆる分野の作品を紹介していただいて、なるほどと。
 では私にとってはどんなものがあるのかを振り返ってみて、思い至ったのは、


 しんとした感じ。


 いつかも書いたけれど、何か事が起こる「前」の感じが好き。
 嵐の前の静けさ。
 演奏の前のチューニング、引き締まる表情、整える呼吸
 ぎりぎり感



 それを昨日の記事に書いたような彫刻の佇まいにも感じていたんだと思う。



それから学童期に続けていた書道、居合道、剣道で経験した
 空気感、呼吸、間、からだの使い方
 それはすべてわたしにとって、無理やりにでも言ってしまえば、ダンスだったのかもとふと合点がいった。



負けると悔しい気持ちももちろんあるけれど、本音ではまったく勝敗にこだわってなかった剣道。
 勝負には強くはなかったけれど、真摯に取り組む姿勢はあり、型にはストイックだったと思う。
 だから昇段試験には都合がよかったかなとも。笑



高校の書家の先生には「呼吸がいい」とさらっとほめていただき、
 昔は書けば何かしら賞をもらっていたので、なにも考えたり気に留めなかったけれど
 そういう「勘」はあったんだなあと思う。



人と対面しても、うわべをなでるだけのがやがやした言葉より
 その人の本心が見えてくるような、沈黙を恐れずにいられるような静かな対峙
 そういう時間を過ごすのが好きだ。
 ついでに色気もあればなおよい。




友人に数年前から書き溜めたたくさんの詩を見てもらったら「不条理劇」のようだと教えてもらい、調べてみると
 なるほど。
 高校時代のクラスで取り組んだ演劇の脚本選びのとき
 なぜか私は、日本の不条理劇の代表格らしい 別役実さん押しだったことを思い出した。笑
 なんかど〜でもない。淡々と、無意味に見えるようなストーリーもあるようなないような。
 そんな具合が気になったんだな。きっと。



フィクションよりノンフィクション、ファンタジーより伝記や手記が好き。
 本当に生きていた、生きている人にずっと興味があったのかもしれない。
 何が彼らをそうさせるのか、そうさせたのか。
 それを知りたいのは、ずっと同じ。
 そして、おなじことをピナ・バウシュが語っていたというのをきいて
 彼女に惹かれたわけも少し分かった気がする。


歌は断然女性ボーカルなんだよな。やっぱり。
 夫の影響で男性バンド、ロックとか好きだしいいなと思う歌もたくさんあって
 かなり車内でヘビロテしてたけど、本当に聞きたい歌は違うなぁと気付いて
 昔自分で買ったcdを最近引っ張り出してきて確認したりしています。
 断然女性ボーカル、女性シンガーソングライターに惹かれることが多いなと。




やっぱり私は「女の一生」に興味があるわけで、女としてこの世で味わえるものや
 感情をすべて味わってやる的な貪欲さがあるわけだから、仕方ない。
 




映画だったらファンタジーでもなんでも構わない。ミュージカル映画を見ると元気になれる。
 物心つく前から毎年「寅さん」は欠かすことはなかった。
 ジブリとともに育ち、メリーポピンズやサウンドオブミュージックは今でも大事な作品。
 フランス映画の感じが合う。
 何が好きとか作品は上げられないけど、、フランス語がいいのかもと最近思う。。
 これはまた書くことに。



スポーツはどちらかというと退屈だけど、フィギュアスケートはできれば見たい。
 身体言語、衣装、音楽…表現として身近に繰り返し見られるのはすてき。





最近気づいたのは、実家や今の家のご近所にもしかしたらものすごいご縁があったんじゃないかってこと。



小説より詩が好きだ。
 そぎ落とされた中に、生のよろこびや真実がうたわれ潜んでいる。
 大きく揺さぶられる。
 実はお隣のお隣に作家さんが住まわれていて、
 昔は父が学生のとき何かを企画してお呼びしたという縁もあるらしくうちに詩集があったり。



ピアノはショパンのワルツがなぜだか好きで、発表会のときに選んで弾いたこともあった。
 最近ものすごく久しぶりにクラシックのcdをいくつかかけてみたら、
 ショパンは詩的な雰囲気で、今聞くとちょっと重たい感じもするけど
 情緒的に入っていける感じが弾いていて心地よかったと思う。
 (音楽に入っていくといえば、小中のとき指揮すると、踊ってるみたいに曲にのって入っちゃってたと思う。)
 で、お隣の親戚がピアニストで、その方のショパンのcdを持ってることに気づいた。




言葉は好きだ。辞書のはしごは至福の時間。無駄に子どもの名前を考えたりする。
 「お経」も小さいころから気になっていた。録音して何かに使えないかと毎月考えてたりした。
 独特の発声、リズム、抑揚、呪文のように祈り、とめどなく流れる言葉。
 こちらもまたお隣さんがお寺さんの出のおじさまで、
 父が死んでしばらくは毎日お経を読んでくださる声が聞こえてきたこともあったなあ。と思い出す。



昨日も少し書いたけど、小中の幼馴染が今や、
 ダンスシーンの仕掛人だったり、数少ない若手演出としてかけまわっていたりする。
 そしてその二人とも、同小中の子はほとんど呼ばなかった中、結婚式に招待させていただいた大事な友人である。
 昨日のwsで共通の知人が増えたなんて不思議な縁もあり、ますます年末の再会が楽しみなところ。


私がわりと無口でただ大笑いしながらウロウロ落ち着きなく動き回って立ち話してた頃を知ってる
 唯一の人だったりするのです。
 一時もとどまれない落ち着きのなさから「ポチ」と呼ばれていたのが、
 今思えば、私の体の本当の姿だったんだわ〜。
 最近やっとちょっと取り戻してきたところなんだと。笑
 移動は基本ダッシュ。とか。。
 (アパート暮らしが悲惨だったのも「動けない」感が窮屈だったこともあったのかもと。
 ふと友人に、スケール感が合う場所=広さがあるところで会わないと「私らしくない」といわれて思い立ちました。)
 


そしていま、近所に図書館と劇場がある。
 まさに、Live & Book じゃないですか。
 しかも劇場に関しては、豊橋に引っ越してきたタイミングで完成した!
 私のために建ててくれたんじゃないかと、疑ってるこの頃です。
 図書館は引っ越してきてからすぐ読み聞かせでボランティアでご縁をつないだれど
 劇場はなかなか行けず。
 「名古屋飛ばし」はしても、「豊橋プラットは飛ばさない!」公演もあり、雰囲気はなかなかいい感じ。
 そろそろやっと、wsや公演にかよう私の準備も整ってきたので、劇場の恩恵も受けようというところ。


そして素敵な仲間が住まうこの土地で、人のやっていないこと、私だけの仕事・表現を探りながら、
 東三河を引っ張っていきたいと思っています!
 豊橋に鈴木桂アリ。


うぬ。
 きょうはここまでに。
 月草を少しお休みさせてもらいながら、年内のうちにもう一波自分を確認する作業に入っております。
 おやすみなさい。