父の詩・halcyon再開に向けてゆるゆる準備を。

おつきあいで飲んだ夜のコーヒーが効いているのか今日は夜更かしモードだ。


ふと思い立って、自分の学生時代につくった簡単な詩画集や、
 将来やりたいことやなりたい自分を書いたメモや、
 叔父がメールで送ってくれた父との対話の思い出などを手に取った。


年始にした片付けの威力は素晴らしい。過不足なく思っていたものに目を通せた。


妊娠期から産後2年ほどはホルモンの関係で興奮状態であるらしく、何かしないと落ち着かないらしい。
 最近考えているのは新居なり豊橋周辺で再開したい人のつながりづくり「翠〜halcyon〜」
 父の死後、もう一度会いたい人たちに声をかけ、結果あらゆるフィールドの人たちが対話をする場を作っていた時期がある。
 毎回じっくり話をするうちに共通項が浮き出てくることの感動。
 「多様性と調和」の一つの形がそこに生まれる面白さがあった。
 父と叔父たち三兄弟が週末に食卓で議論する姿をそこに重ねて懐かしさも覚えていたのかもしれない。


社会人になったり、患ったり、結婚出産育児が続き休止し疎遠になった方もいるが
 何らかの形で続けていくライフワークとして始めた以上気になっていた。
 再開はあせらずだけど、準備はゆっくりすすめたい。
 今夜手に取ったものはその手がかりを少しずつくれたようだ。
 新たな形でスタートをきっていきたい。

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たぶんこの数か月で確かな進歩があったのだと思う。
 父の言葉を、父の記憶を公にしてみようと自然に思えるようになっているようだ。
 今回は父の若かりし頃の感性で書かれた詩を紹介します。


 友よ


 友よ 君の道は俺には遠い。
 遠いはるかな道を行くのが男なら、
 友よ、やはり君も行け、遠い道を。


 友よ、人の世は常にはあらざり、
 君の道を見つけるのはいつか、
 人の世の常を、それでも一瞬
 かいま見ることができるのは
 君には君の道、俺には俺の道


 友よ、君の道がどんなに遠くても
 いつかは会おう
 その遠いはるかな道の向こうで
 きびしい眼光と しずかな微笑をもって。


 友よ、その時は語り合おう、
 俺達の過去と
 そのきびしい眼差しで見た人の世とを。


 友よ、その時は悲しいことは語ってくれるな。
 君の口もとが語ってくれるから。
 喜しいことも語ってくれるな。
 君の眼もとが語ってくれるから。


 友よ、君がもし道の途中で倒れたら、
 友よ、俺を呼んでおくれ
 君の足跡を残したいから。


 友よ、俺が倒れたら、
 何も言わずに、俺の死に顔をみておくれ
 そうしてまた、君の道を歩いておくれ


 友よ、苦しいときは
 風に便りをのせておくれ
 光にのって君に会いに行くから。
 友よ 喜しいことがあったら
 光に便りをのせておくれ
 風のざわめきを君におくるから。


 友よ、もし君が女だったら
 友よ、やはり君の道を歩んでほしい。
 俺は君のために三つの眼をもとう。
 人の世を見る目と、人の心を見る眼と、君を見る眼と。


 友よ、女の君は何を考え、何を為すや、
 君の心にある一筋の道を探し出してごらん、
 きっと君は幸福になれる。


 友よ、女の君の幸福は、
 涙と同じくらい多いかもしれない。
 君の涙を雲に伝えておくれ、
 天が泣いたら俺は君の分まで生きよう。
 そして泣こう。


 友よ、君とは道の向こうで会っても
 語り合えないかもしれない。
 でも、そんな時はこう言っておくれ
 「生きていてよかった。」


秋の日に  荒川義明  昭和43年11月2日