服を着る理由

一人になりたい、外野がうるさい、っていう感情がどうしようもなくなってきたので、
 FB見ちゃうのはやめられないけど、フォローをさらに整理しました。
 それでいい、それでいい。
 すっきりした。
 いいね!もいらない。
 もっと言えば、今から新幹線のってどこかにいってしまいたい気持ちだ。
 一人で会いに行きたい。 



今日は、子どもたちが寝たからこそPCの前に座って落ち着いてるけど、どうしようもなかった。
 虐待デイですわ。
 子どもに寄られたくなかった。
 「こっちに来ないで!」「あっちにいって!」
 みんな一日パジャマ。
 どうしようもなく動けなかった。
 おっぱいもあげたくない。触られたくない。
 いろんな肌感覚が思いだされてるような。あれもこれも蓋開けたつづきなのか。
 なにが威圧感手放すだ。いやいや、もうそれすらどうでもいいよね。
 とにかく一人にしてくれ。
 一人になってすら落ち着いてはいられない。
 



はたと気が付いた。
 子どもたちが天使過ぎるんだ。
 私をもっと嫌いになってくれ!
 理不尽に怒鳴っちゃう私を、不安定な私を嫌えばいい。
 もっと悪いことして困らせたらいい。
 嫌ってほしくて、手をあげたくなった。
 それが何かと思ったら、たぶん、私ができなかったことすればいい。って?
 大人しく子どもしてた私と、目の前の子どもたちだぶらせてイラついてるのだろうか。
 そんなことがよぎった。
 何が応援してるだ。あんたのおかげでどれほど緊張した幼少期をすごしたことか。
 好きでもない習い事どれだけ肝つぶしながら通ったことか。
 この前飾ることにした写真を破りたくなった。目障りだ。
 


6年位前にガッと書き溜めた詩に、自分のことを「鈍感な痛覚をそなえている」とあらわしたことがある。
 いろんな気がふっと抜けて、気づかずにいた不快感が押し寄せているみたい。
 どうも、そんな感じ。
 鬱々して、昨年までちょこちょこあった息の浅さ、息苦しさが出てる。
 まぁ、それとも生理前の不安定なのか?これが。
 それだったらそれだけの話なんだけど。。
 何せブランク長いし、いろいろ重なりすぎて何が何だかわからない。
 


前回、前々回あたりから?ブログを書いたあと、恥ずかしくて仕方ない気分になった。
 あぁ本当に、カッコつけずに書き始めたんだな。と思った。
 今のところ、ただどろどろして気分のいいものではないけれど。
 知人と顔を合わせるのが恥ずかしい気持ちになった。
 前に夫は、表現者にとって羞恥心は大事だと思う。っていう話をしてた。
 私もやっとその1歩を踏み出したのか??
 


裸でいるようで恥ずかしくって、せめて服は着てあるこう。って思った。
 


あぁ、やっと私が服を着る理由ができた。