縁ある?アーティスト〜高木正勝さん、野村誠さん、石垣りんさん〜

映像、音楽作家の高木正勝さん。

ぜひHPを参照のこと。
http://www.takagimasakatsu.com/

大学時代、東京のスパイラルで舞踏と映像・音楽のコラボの
 パフォーマンスを見て以来だったのだが、先日高校時代の友人から
 CDをいただきました。あらためてありがとう!
 あら、もしかしてあの高木さんのCD?
 こんなタイミングで再会するとは。ってかんじでした。
 ゆったりしてて、とても詩的な雰囲気に
 パーカッションが活きていて、すてきな曲が多いです。

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作曲家(路上アーティスト)野村誠さん

12日の夕方までは彼のHPはメンテナンス中だけど、
 プロフィールが細かいので、ぜひご参照を。
 
私が以前に出会ったのは幼馴なじみが中心でかかわっていた
 取手アートプロジェクト2006
 http://www.toride-ap.gr.jp/2006/nomura/index.html
 
 大学時代に行って、名古屋出身だという彼をはじめて知ったのでした。
 NHKの「あいのて」アンコールで再放送があるかもよ。
 取手のまちで鍵盤ハーモニカをもってパフォーマンスする様子を
 収録したシュールで癒し系のDVDももってます。

で、再会は昨日、沖縄から送られてきたプレゼントのCDがそれでした。
 あ、もしかしてあの野村さん??
 そうでした。「路上日記」という書籍とセットのCD。
 
う〜む。ご縁ですな。

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詩人 石垣りんさん
 好きなんです。やはり「表札」が一番有名ですが、
 当時の時代で銀行員として自力で生計をたてながら詩を書き続けた。
 生活の一場面、女性の生き様、人の尊厳をうたった詩が多いと思う。

「空をかついで」という詩集が手元にあるんだが、
 ふと昨日ペラペラみていたら、「シジミ」という詩があった。



シジミ



夜中に目をさました。
ゆうべ買ったシジミたちが
台所のすみで
口をあけて生きていた。



「夜が明けたら
ドレモコレモ
ミンナクッテヤル」



鬼ババの笑いを
私は笑った。
それから先は
うっすら口をあけて
寝るよりほかに私の夜はなかった。 




10/29のブログ日記「かれらを食べる」でわたしはあさりのことを書いたが、
 無意識の発想の過程で「シジミ」を読んだ記憶が作用したのではないかと思う。
 あるいは、ほとんど同じきもちになっていたか。

せっかくなので石垣さんのもうひとつ、重要な詩を紹介。
 母と娘とあるのは時代を感じるが。



儀式


母親は
白い割烹着の紐をうしろで結び
板敷の台所におりて
流しの前に娘を連れてゆくがいい。



洗い桶に
木の香のする新しいまないたを渡し
鰹でも
鯛でも
鰈でも
よい。
丸ごと一匹の姿をのせ
よく研いだ庖丁をしっかり握りしめて
力を手もとに集め
頭をブスリと落とすことから
教えなければならない。
その骨の手応えを
血のぬめりを
成長した女に伝えるのが母の役目だ。



パッケージされた肉の片々を材料と呼び
料理は愛情です、
などとやさしく諭すまえに。
長い間
私たちがどうやって生きてきたか。
どうやってこれから生きてゆくか。



ほかの表現されたものもそうだが、私にとっては詩が
 最もいまの自分の価値観を跳ね返して教えてくれる媒体である。
 何度読んでも新鮮な発見や、頭を殴られる衝撃がある。

作品のひとつひとつ、出会う人たち
 ひとつひとつの縁を自分のアンテナに従いむさぼりたいものだ。